

わたしたちは、なぜ新たに事業を起こすのか?
ひとつの出来事
ある日のことだった。
ご両親が揃って、当社にご相談に来られた。
このご両親は、当社の就労移行支援を利用し、その後就労した方のご家族と懇意にされており、日ごろから当社の支援について関心を持ってくださっていた。
ご相談は、発達障害のあるご長男のことだった。
高校を中退してから、いくつか転職はしているものの、ほとんど途切れることなく働き続けているという。
私が「隙間なく働いているというのは、すごいですね」と相槌を打つと、父親が静かに語り始めた。
「もちろん、働いてくれていることには何の不満もありません。ただ彼は、高校を中退した頃から、お金がすべてだ、周りにバカにされたくない、と言うようになりました。仕事も、お金になるかならないかしか考えていません。 友達は誰もいません。 職場でも人間関係がうまくいかなくなると、すぐ求人を探す。休みの日にはハローワークへ行く。仕事に就いて、もめて、辞めて、また探す……。そんな生活が、もう十年近く続いています。」
続いて、母親が話された。
「仕事を始めると不満が増えて、お腹が痛くなったり、頭痛がしたりして、出勤できなくなるんです。そして退職して、また次の仕事を探す。その繰り返しです。 子どもの頃は絵を描くことが好きで、美術館にもよく行っていました。でも今は、絵にも興味がなくなり、毎日仕事の愚痴ばかりです。」
父親が言葉を継いだ。
「親としては、もちろん仕事は大切です。でも、それ以上に、友人や仲間と何かを楽しんだり、一緒に努力したり、社会のことを学んだりする時間を持ってほしい。 風の丘のことを知人から聞きました。少しの間でもいいので、ここで皆さんと一緒に学ぶ経験をしてほしいのです。」
私は、ご本人も交えて話す機会をつくることを提案した。
そして後日、ご本人を迎えて話し合う場が設けられた。
ご両親は、ときに涙を浮かべながら、率直な思いを伝えた。
一瞬、静かな時間が流れた。
私は、彼の気持ちを尋ねてみた。
彼は誰もいない正面の空間を見つめながら、静かに話し始めた。
「今日は、このような時間をつくっていただき、ありがとうございます。 ただ、高校を中退するとき、担任の先生から『お前みたいに努力ができないやつは、一生生活保護だ』と言われました。絶対にそうはなりたくありません。 だから風の丘を利用する気はありません。 どうせバカにされるだけなので、友達もいりません。」
父親が尋ねた。
「今日もこのあと、ハローワークへ行くんだろう?」
「行きます。少しでも給料が高い職場へ行きたいので。時間がもったいないので、これで失礼します。」
彼は深々と頭を下げ、その場を去っていった。
その後、母親はしばらく泣き崩れていた。
彼が私たちに突きつけたものは、当社のスタッフにとって痛烈な一撃だった。
人は、なぜ働くのか。
人は、生きるために働くのか。それとも、働くために生きるのか。
私たちは就労支援を続ける中で、一貫してこの問いに直面してきた。
しかし日々の業務に追われ、真正面から向き合うことを、どこかで避けてきたのかもしれない。
いや、就職者が増えるほど事業所への給付が増えるという制度の中で、その問いを後回しにしてきた、という方が正確なのだろう。
私たちはこれまで、「就労させること」を目標にしてきた。
しかし彼は、就労できているにもかかわらず、苦しんでいた。
大切なのは、就労することではない。
どのように働くのか。
その問いこそが、本当に向き合うべき課題だった。
就労支援だけでは解決できない問題がある。
その現実を、私たちは改めて突きつけられたのである。
私たちは考えた。
健康な心と身体は、よいつながりを育てる。
よいつながりは、よい働き方を育てる。
もしそうだとすれば、私たちが取り組むべきことは、「就労させること」だけではない。
働く人が健康的なつながりを育み、そのつながりの中で力を発揮できる環境そのものをつくることではないか。
そのとき、はたと気づいた。
風の丘福祉工房は、そもそも合同会社として創業した。
それは、将来、就労支援として送り出す側だけではなく、障害のある人と一緒に事業を起こすことを創業理念としていたからである。
その構想から、十年が過ぎていた。
いまこそ、創業の理念に立ち戻るときだ。
そう思えた瞬間だった。
私たちの事業が目指すもの
① つながりが広くなっていく働き方
近年、転職回数の多い人が増えたように感じる。
四、五回ではない。
三十代で十社以上という人も、決して珍しくない。
理由の多くは、人間関係か給与への不満だった。
転職そのものが悪いわけではない。
しかし私たちが気になったのは、その多くが孤独を深めているように見えたことだった。
学生時代の友人とも、職場の仲間とも、時には家族とも距離ができ、一人で仕事の悩みを抱え続ける。
働けば働くほど孤独になっていく。
そんな悪循環を数多く見てきた。
本来、仕事とは、人と人とのつながりを広げていく営みではないだろうか。
職場の仲間。
取引先。
一緒にものづくりをする人。
商品を受け取るお客様。
仕事とは、多くの人とのつながりを生み出していく営みである。
そのような働き方を地域の産業の中で実現したい。
一人ひとりが仕事に誇りを持ち、技術を磨く喜びを感じられる仕事をつくりたい。
その構想を描いていたとき、地域企業から一つの相談が寄せられた。
ニットを縫い合わせる「リンキング」の職人が不足しているという。
国産ニットは、いまや世界で高く評価される製品となっている。
その一翼を担ってほしい。
地域と産業、そして世界を結ぶ仕事。
地域の技術を受け継ぎ、日本のものづくりを支える仕事。
私たちは、この仕事を「リンキング事業」として育てていくことを決めた。
しかし私たちは、就労支援の現場で、技術だけでは人は働き続けられないことも数え切れないほど見てきた。
働き続けられる人と、そうでない人を分けていたのは、健康な心身と、人との関係の築き方だった。
だから私たちは、「健康」そのものについても、もう一度考え直すことにした。
② 「健康」となる働き方
孤独は、人の健康を少しずつ損なっていく。
私たちは、うつ病や適応障害などで休職された方々の支援を通して、一つのことを学んだ。
復職できるかどうかを左右していたのは、症状だけではなかった。
病気になる以前に、その人が職場でどのような人間関係を築いていたか。
そこが大きく影響していた。
信頼関係を築いていた人には、職場も復職を望み、配慮の幅も広がる。
反対に、その関係が築けていなかった場合には、復職は難しくなりやすい。
健康とは、身体だけの問題ではない。
職場や家庭、地域との関係の中で育まれるものでもある。
私たちは、これまでの就労支援や佐野市の介護予防事業で培った経験をもとに、身体だけではなく、人との関係も含めた広い意味での健康を育てる方法を事業化することにした。
それが、私たちの「健康講座」である。
私たちが目指しているのは、一人ひとりが、働く場所や地域の中で、新たなつながりを生み出していける社会である。
人は、働くことで孤独になるのではない。
働くことで人とつながり、地域とつながり、自らの健康を育みながら生きていくことができる。
就労支援だけでは解決できない課題がある。
だから私たちは、新たな事業を始める。
それが、風の丘の次の十年への挑戦である。