
就労支援センター風の丘(以下、風の丘):今回は、初めての男性となります。お忙しいところ、お越しいただきありがとうございます。ずいぶんとおつかれみたいですね…。
Eさん:今日は配達で、4件まわりました。さすがに4件はこたえますね。
風の丘:そんなところ、本当にありがとうございます。Eさんのこれまでの歩みが、いま同じような境遇にある人への励みになればと思います。特にEさんは、いまの会社が初めての就職だったわけですよね。
Eさん:そうですね。
風の丘:初めての就職で、いろいろと思い悩んでいる方も多いかと思いますので、出来る範囲でお話しいただければ幸いです。
初めて就職するときに心がけること
Eさん:よろしくお願いします。僕が働いている職場の紹介をしますね。
主としてみりんや料理酒など調味料を製造している会社です。働き始めてからもう、4年以上が経ちました。就職してすぐの頃は工場で作業をして、半年くらいたった後かな、工場の直売所に移りました。いまは、直売所にお越しいただくお客さんへの調味料のパック詰めや、お客さんからの要望を聴いたりする仕事をしています。
風の丘:直売所には、さまざまなお客さんが来られますよね。対応とか、大変じゃないですか?
Eさん:もちろん大変ですよ(笑)。でも、お客さんはバスで来られる方がほとんどで、高齢の方が多いんです。全体的におだやかな人が多いので、むしろこちらが気を遣っていただいているようなところもありますね。あとは、これは1パーセントくらいですけど、トリッキーなお客さんもいるんです。今日はこういう商品を取り揃えていますって説明を終えた瞬間に、次々と別の会社の商品がほしいと言ってこられたり(笑)。直売所での仕事は、人を見る見方をぐっと拡げてくれましたね。
風 の丘:いまは配達もするようになったそうですね。
Eさん:2年前くらいからです。最初は先輩社員の補助をして、それから一人で配達をするようになりました。配達場所はだいたい会社の近くになるように、配慮してくださっています。
風の丘:初めての就職だったわけですけど、不安はそうとうあったんじゃないですか?
Eさん:それなんですけどね…。今日はその辺のところを聴かれると思って、いろいろと思い出していたんですけど、不安や緊張は、それほど強くなったような気がするんです。とにかく目の前のことでいっぱいいっぱいだったので、そこまでかんがえられなかった。
むしろ心配だったのは、通勤(自動車)だったかな。通る道路が通勤ラッシュで混みやすいところだし、スムーズに行っても30分はかかるのと思ったので。何度も下見をしたけども、やっぱり下見は実際の時間にしないと意味がなかったですね。それと帰り道。仕事で神経がすり減った状態での運転は、特に最初の頃はきつかった。一時は、“もうちょっと近い会社がいいな”と思いましたもの。
風の丘:わたしたちも通勤は心配していました。転職までかんがえたとい うことは、けっこう追い詰められたときもあったということですか?
Eさん:でも、そうなったのは、本当に最初の頃だけですよ。いまは大丈夫です。
風の丘:話のついでというわけではないですけど、これまでの間に、転職をかんがえたことも何度もあったでしょう?
Eさん:まぁね…(笑)。でも、一時的にそう思ったとしても、すぐに“いま以上にいい職場があるのか?”って、頭の中で自分のツッコミが入るんです。それで“そうそうないよな”ってなって、気持ちが落ち着いていく感じです。
「めぐりあわせ」というキーワード
風の丘:仕事の話を聞くたびに、“周囲の人に良くしてもらっている”という言葉が、自然に入るものね。
Eさん:このインタビューを受けるにあたって、これまでのことを思い出していくうちに、あるキーワードが思い浮かんだんです。それは「めぐりあわせ」。すべては、めぐりあわせなんですよ。
風の丘:いきなり総括になってしまいました(笑)。ではここから、「めぐりあわせ」というキーワードに出会うまでの、Eさんの心の旅路をこれからお伺いしたいと思います。風の丘を利用するようになるまでを、教えていただいていいですか?
Eさん:はい。高校を中退した後、何をしていいのかわからなくなって…。学校を辞めた理由は、もともと勉強があまり好きではなかった こともありますけど、じっと机に座っているのがとてつもなく苦痛で。それでも小・中学校はそれなりにがまんしていたんだけど、高校生になったら、“こんなことを続けていて、どうなるんだろう”みたいな疑問を持つようになりました。子どものときから発達障害の診断は受けていたので、その影響もあったと思います。
風の丘:どちらかというと、身体を動かしてるほうが好きですものね。
Eさん:ええ。なので学校をやめてからは、とりあえず身体を動かすようにしていました。かといって、経済的なこともあったのでジムに行ったりはできないから、近くの公園を利用したり、山に登って、自然のものを使って筋トレしたり。そうやって不安を紛らわせていたのか もしれない。おかげで、体力はつきましたよ。
それで風の丘ですけど、知ったきっかけは、母親が市の図書館にいったとき、偶然風の丘のリーフレットを見つけて、家に持ち帰ってきたんです。母親から、“これ、アンタにいいんじゃないの”って。それで自分もその気になったというか。
風の丘:でも、なかなかこちらに来るまで踏み切れない人って多いですよ。
自動車教習所のチラシから風の丘へ
Eさん:僕の場合は、その前段があるんです。その少し前に、家に自動車教習所の飛び込みの営業の人がきて、チラシを置いていったんです。それを見ているうちに、よし、この機会に免許を取りに行こうと。それで風の丘を知ったのは、ちょうど免許を取って間もない頃。免許をとれて勢いづいているときだからこそ、決断できたんじゃないかと。さっき「めぐりあわせ」って言ったけど、これもまさにそれ。あのとき自動車教習所の営業の人が来なかったら免許も取れなかったし、風の丘のリーフレットをみても、じゃあ行ってみよう、とは思わなかったじゃないかな。
風の丘:不思議なめぐりあわせですね。
Eさん:そう。ふつうだったら、営業は追い返しておしまいなんですけどね。なのであの営業の方には、とても感謝しています(笑)。
風の丘:実際に風の丘を利用されて、いかがでしたか?
Eさん:当時は農作業があったり、イルミネーションの企画・制作、それと商工会議所のイベントに参加してゴスペルを歌ったり、地域の子どもたちとボードゲームをしたり。コロナ前だったこともあって、経験したことがないことばかりで、いまになって思えば、かなり気持ちが、前かがみでした。当時 は野菜の販売スペースがあって、週に一度お店を開けていましたよね。あれで人とのやりとりやアドリブの入れ方とかを覚えることができた。あのときの経験がいまはとても役に立っています。それと、当時はラジオもやっていたしょう?
風の丘:そうですね。ミニFMみたいな感じで。
Eさん:レギュラーで番組を持たせてもらったので、あれもいい経験になった。それまで人前で話したことなんてなかったから。
風の丘:そんなこんなで、いよいよ就職の話になってきた。
初めての就職活動は台風19号とともに
Eさん:はい。大手の金属加工の会社でした。この会社で働いているOBさんがいたので、その方から会社のお話を聞いていて、ああこんなところで働ければうれしいな…、なんて思っていたので、求人の話が来たときはすぐにお願いして。それで面接を受けて、あとは職場体験実習。その日にちまで決まっていたときに、あの令和元年の台風19号が来て…。
風の丘:栃木県全域が深刻な被害を受けました。特に佐野市や栃木市は被害が甚大でしたね。
Eさん:近くの河川が決壊したそうで、その浸水で実習先の工場が相当なダメージを受けてしまったと。それで、実習を延期してほしいということになった。
風の丘:私たちも当初は短期的なものかと思っていたら、会社も想定していた以上の被害が出ていて 、当面が工場が稼働できない、社員も待機状態だと。それで、実習も何か月か待ってほしい、と。
Eさん:それで、これはちょっと無理かな…、という感じになりましたね。期待していた分、がっかりしなかったといえば、嘘になるし。
風の丘:ふつうだと、あのようなことがあると、気持ちが落ち込んでしまって、風の丘に来るのも辛くなる人もいるのだけど、Eさんはよく持ちこたえましたよね。
Eさん:いま思えばですけど、あのとき水害で被害のあった方々へのボランティアを、風の丘の利用者さん、職員さんと一緒にしたでしょう? あの経験が大きかったと思います。自分よりももっと大変な思いをしている方がこんなにもいるのか…。必死で泥かきをした覚えがあります。
そして、その後また次の求人がきた。次もまた大手で、幅広く外食産業を手掛けている会社でした。事前に会社紹介の資料や、作業マニュアルも見ることができて、とても丁寧で、しっかりしていそうな会社だと思って、かなり期待が高まりました。
2度目の就職活動は緊急事態宣言とともに
風の丘:それで、見学をして、面接をして、あとは職場体験実習というときに…、
Eさん:コロナの緊急事態宣言。会社から、これからどうなるかわからないので、実習のいったん見合わせてほしいと言われて。もう、正直に言って、うんざりしましたよね…。
風の丘:一時はA型事業所もかんがえたよね?
Eさん:そんなときもあったなぁ…。本当に、もう、うんざりで。どこでもいいから、入れればいいや、みたいな気持ちになっちゃってね…。
風の丘:でも、このときも、よく持ちこたえたよね。
Eさん:あのとき職員さんと母親を交えて、これからのことをじっくりと話し合ったことがあったでしょう? それでいっときの気分じゃなくて、長い目で自分のこれからをかんがえてみれば、やっぱり会社に就職して、キャリアを積んでいくという生き方のほうが自分はいいな、 と思えて。それでA型というのは、きっぱりと頭から消えました。
風の丘:そして、その後いまの会社の求人が来る。
Eさん:ここもOBさんが働いている会社で、会社の話も聞いていたし、この会社の商品もよく購入しているので、悪い印象がまったくなかった。それで、もうすぐに、お願いします、と。
3度目の就職活動は訓練生として
風の丘:最初は、労働局の訓練生としてだったよね。
Eさん:ええ。3ヶ月間だったかな。入校式をして、仕事をしに来ているというだけじゃなくて、社会人としての勉強をしている、という気持ちになりました。
風の丘:会社側の方も、「教育」という側面に、特に注力してくださった印象があります。
Eさん:とても感謝しています。会社のみなさんから、しっかり仕事を覚えて、一緒に働きましょう、という雰囲気がすごく伝わってきて、それが励みになりました。特にいま働いている直売所のスタッフのみなさんには、本当に基本の基本から教えていただいたというか。自分で言うのもなんですが、工場、直売所、配達の仕事をして、自分自身すごく視野が広がったというか、成長できたと思っています。
もちろん、嫌な気分になったこともありますよ。作業の仕方とかで、いろいろと注意を受ければ、気持ちが萎えてしまうし、本当に辞めようかと何度思ったことか。それでも、さっきも言いましたけど、いま以上に良い職があるかって自問自答して、そうはないよなとなって、気持ちを落ち着つかせて。それを繰り返していくうちに、自分の成長を感じられるようになりましたね。
風の丘:それって、勤めてどれくらいで実感できたのですか?
Eさん:えーと…。そういえば、いま思い出したけど、この会社で働き始めた頃は、どういうことをやるのか、と、職場の人とどう接すればいいのか、という、この二つが大きな不安だった。自分なりに不安を解消するためにいろいろやってみたけど、結論としてわかった最良の処方箋は、仕事と真剣に向き合うこと。そして、なにも余計なことをしなくても、真面目に日々の仕事をしていくと、不安がじょじょに薄くなることに気づいた。自分でそれを実感として納得するまで、やっぱり2、3年はかかったと思いますね。
風の丘:その2、3年が我慢できないという人が多いと思います。
好転させる秘訣は自分のやり方にこだわらない
Eさん:やっぱり、「めぐりあわせ」なんですよ。悪いシチュエーションが続いたとしても、必ず好転するときがある。このタイミングを待って、そして好転させるためのやり方を間違えなければ、ちょっとずつ良い方向へ進みだす。これも経験しないと、なかなか理解できないと思うんだけど。
風の丘:やり方を間違えないための秘訣って、あるんですか?
Eさん:あの…、僕は出川哲朗さんに憧れているんです。番組を観ていて、とても勇気があると思うし、どんな人にも優しく対応している。だから特定の人にコビたことをせず、公平に人と接するようにしています。それがものごとを好転させるための、秘訣と言えば、秘訣かもしれません。
風の丘:今なかなか思うようにいかずに苦しい立場の方へ、メッセージをお願いします。
Eさん:あの…、ヘンに自分のやり方にこだわって、あーだ、こーだと頭の中でかんがえてみたところで、それでものごとがいい方向に転ぶのかって、いつもそう思うようにしています。特に台風とかコロナとかの大規模災害のときなどは、一人で抗ってみても仕方がない。だったら風の丘にやり方に身をまかせてみようって、いい意味での受け身な感じになったのが良かったと思います。
風の丘:あきらめ、みたいな感じ?
Eさん:良い意味で、似たところがあるかもしれない。でも、ここにはこれまでの反省も含まれているんです。これまで、そうやって自分であーだ、こーだとやってきて、うまくいかなったよな、と。だから、とりあえず今回は、この流れに身をまかせてみようと思えたんじゃないかな。思い返してみても、いまの自分がいるのは、あの教習所の営業の方が来てくれたところから始まる。どこでどう、つながっていくのか、本当にわからない。人生なんて、思いどおりにいかないからこそ、面白いのかもしれません。