特別講座『精神保健福祉士とかんがえる、お金のトラブルから身を守る!』②
- 2 日前
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第二回 詐欺師は未来から考える
今日も、お忙しい中お集りいただき、ありがとうございます。
今回のテーマは、前回のケース、缶コーヒーからはじまる詐欺被害を、また別の角度から検証したいと思います。
前回のテーマは少額を貸すことの危険性という視点を、いわば外側というか、詐欺師の戦略を具体的なふるまいから考察しましたけど、今回はそのような戦略を構築できる、詐欺師の内面、意識のありようを考察したいと思っています。
とはいっても、犯罪心理学とか、そんな難しい話ではありませんよ。
あくまでも現場で詐欺師の人々と相対して、そこから感じ取った考察だと受け取っていただければ幸いです。
「同じ人間だ」という思い込みに足をすくわれる
ぼくたちは、よく、「人間はだいたい同じだ」という認識を持っています。
特に日本は、あまり多様な人種や民族との共生が少なかったということもあり、「同じだ」という思考に取り込まれがちです。
例えば、“あの人はちょっと違うね”という言い方をする人がよくいますが、それって、自分も含めたその他大勢はだいたい同じだよ、と無意識裏に認識していることの裏返しですよね。
もともと人間とは違っている存在なのだ、という認識が前提であれば、改めてその「違い」を強調する必要はないのですから。
だから、この「同じ人間なのだ」という思い込みが、クセモノなのです。
詐欺師を「同じ人間なのだ」と捉えてしまうと、まさにそこから足をすくわれる。
断っておきますが、これは詐欺師は人間ではない、とか、人間としての価値がない、という、そういう次元の話をしているのでは、まったくありませんよ。
考え方が根本から異なる人間が共存しているのがこの人間社会なのだ、という、そこからかんがえないと、詐欺被害はなかなか減らないということなんです。
詐欺師は未来の目的から逆算して人間関係をつくる
では詐欺師と、いわば大多数の人々の思考様式は、どこか違うのか?
一言で言えば、時間意識です。
日常における時間の感覚が、まるで異なります。というか、真反対なんです。
今日は、ここをしっかりとご理解していただきたいと思います。
ぼくの場合は、詐欺被害にあった方のお話を聴くとき、とにかくどんな小さなエピソードでもいいので思い出すままに話してもらって、それを時系列にまとめるようにします。
あまり被害者からすると思い出したくないことばかりですが、これをしっかりと行わないと、残念ながら詐欺師のパターンに気づけない。
それで、エピソードを時系列に整理して、そのストーリーを追っていくと、もう見事なほどある未来に定められた目的から、逆算していくようなかたちでアプローチされているのがわかるのです。
前回の缶コーヒーのケースを思い出してください。
詐欺師側としては、元々決めていた退職日があって、その少し前に、その人から奪い取れる最大限の金額を「集金」することが至上課題となる。
おそらくは退職日の直前を「集金日」と設定し、そこに至るまでにすべき作業を逆算して決めていくのでしょう。
対象者はだいたいいつ頃までに選んで、最初のアプローチ、―前回のケースでは初めて缶コーヒーを渡す日ですねー、はこの頃までに終わらせておく。
その後は、缶コーヒーで信頼の実績をつくっていって、まずはこの頃あたりで最初に少額を借りてみる。
そして徐々に金額を上げていき、「集金日」に向けて、やや大きな金額を借りたとしても相手が断りにくい関係を築くようにする。
つねに目的とすることがら、例えば大きな金額を手にするためには、その日までに大きな金額を依頼されても断りにくい関係を築いてくという、これが典型的な詐欺師の人間関係のつくり方です。
繰り返しますが、詐欺師は未来の目的から逆算して関係をつくっていくのです。
「ふつう」の人間関係とは
ここで、「ふつう」の人間関係の基本的なつくり方を、振り返ってみましょう。
もちろん、いろんな形式があると思いますが、おおよそにおいて、ふつうの人間関係は「現在」と「感情」に焦点をあててつくられていくと思います。
例えば、学校でも会社でも、例えば誰かが「今日は暑いね」と言えば、自分がそれとやや異なる感覚があったとしても、「そうですね」と答える。
相手の現在の感情に合わせることで、少しずつ関係を構築していく。
ぼくたちは誰かと付き合うときに、人間関係の目的とか、いちいち設定しませんよね。
将来的に役に立つからとか、この人と付き合っておくと得をしそうだからとか、そういった未来のためになんとかしようとか思うことは、あまりないと思います。
現在のお互いの経験を積み重ねていくことで、あるときは偶然に身をまかせながら、関係が構築されていくという、それが「ふつう」なんだと思います。
常識という感覚
いっぽう、詐欺師のように未来から現在に向けて関係を築いていくという形式は、ほかにもあって、例えば上司―部下、教師―生徒、などはそうですね。
上司も教師も、未来の「あるべき姿」になってもらうために、いまどんなふうに関わるべきかを決めていく。
しかし、詐欺師と上司、教師が同じかというと、―まぁ、ときどきそんな感じの上司、教師もいますけど、それは置いておくとして…、決定的な違いは、あくまでも常識という枠内での関係づくりだということです。
いま常識という言葉を用いましたが、じゃあ常識ってなんだ?という難しいもんだいがあるのですが、ここではあまりそこには深入りはせず、経験からもたらされる総合的な判断を統括する、いっしゅの感覚だと思っていただければと思います。
正確に言えば、常識とは常識感覚、これといって明確に指し示すことは難しいのですが、でもある程度の社会人なら、それはそうだよねって、とりあえず承認し合える範囲の感覚です。
例えば、職場の仲間であっても、たいした用事もないのに休日に電話をするとか、それも夜の遅い時間に電話をするとか、そういうことがあれば、それは常識外れだよね、ということは感覚的に共有できますよね。
結論的なことを先回りして言うと、詐欺師から逃れるというだけではなく、防犯という大きな視点からみても、最終的に自分の身を守るためにはこの常識感覚をいかに維持できるか、ということが最も大切なことになります。
上司だって、教師だって、いくら熱心であっても、別に他意はなくても、この常識の範囲を超えて何かを相手にさせようとしたら、もうそこでハラスメントと認定されるわけですから。
常識という壁を溶かす
いっぽう詐欺師は時間をかけて何を行うのかと言えば、自分にお金を貸さないと罪悪感を持ってしまう人間へと、相手を変貌させていくのです。
しかし、ふつうの常識感覚からすれば、お金を貸さないと罪悪感を持つようになるって、ちょっとありえないでしょう?
だからこそ、詐欺師は、時間をかけてゆっくりと相手の常識感覚、常識という壁を溶かしていかなければならない。
なかでも重要なことは、その常識の壁を、外側から力ずくで壊すんじゃなくて、あくまでも相手が自ら自分の常識の壁を溶かしていくように仕向けていかなければならない。
そうしないと、お金をだまし取った後、早々に警察などに駆け込まれるような事態になってしまう。
詐欺の被害にあった方の中には、被害にあっているのに、あまり詐欺師に怒りをもっていないという方が、少なからずいらっしゃる。
それは、自らの力で常識の壁を溶かしてしまった方は、その後もなかなか常識的な感覚を取り戻すことができなくなってしまうのです。
そうなると、本当は被害者なのに、ずっと加害者である詐欺師を信用しようとしたり、場合によっては、詐欺師を庇ってしまったりする。
実際、被害にあった後に、加害者である詐欺師から連絡をもらって、うれしくなって再び付き合いを再開してしまう人もいるんです。
常識感覚を失うということは、それほど深刻な事態なのです。常識的感覚とは、人間がふつうに生きていくためにはとても重要なのに、かくも溶けやすく、そしていったん溶けてしまうと、再構築がとても難しいものだということを理解していただきたい。
不自然な人間関係を直観する
では、ここから、対策に入っていくのですが、詐欺師のような目的から人間関係をつくっていく、いわば作為・操作的に人間関係をつくっていく戦略に対して、ぼくたちはどんな対抗策があるかということですね。
ポイントは、詐欺師のような作為・操作的に関わっていく方法は、やはりどこか相手に不自然さを与える、というところです。
先ほど、現在の感情を共有し合う人間関係を「ふつう」と称しましたけど、ある意味それは自然な人間関係ともいえる。
例えば前回のケースでは、通常の職場では話しにくい上司でも、喫煙所ではそんな上司もつい「ふつう」なやりとりをしてしまうものだし、飲み会のときなどは特にそうですよね。
おそらく、たいがいの人々にとって、作為・操作的な人間関係は、けっこう無理な関係だということだと思います。
それくらい、ぼくたちはふつう、そのような自然な人間関係を、自明な環境として生きてきている。
そこの詐欺師のような作為・操作的人間関係、つまり極めて不自然なやり方で関係づくりをしようとする人に出会っても、その不自然さを直観し、なんとなくその人と距離を置こうとする。
この前の講座のとき、詐欺師をとにかくよく人を見ていると言いましたが、騙す人というのは、このとき距離を取ろうとした人を、深追いするようなことはまずしません。
むしろ、自分から距離を置きます。
詐欺師からすると、自分が作為的に距離をつめようとしたとき、最初は一瞬とまどいながらも、それを結果的には受け入れる人を待っている。
例えは悪いかもしれませんが、捕食動物的な鋭さをもっていると思った方が良い。
一度でも、コイツはいける、と判断したら、とことん追い詰めようしてきます。
だから、こそ、一瞬でも不自然さを感じさせる人いたら、すみやかに距離をとることです。
これは、性格が冷たい、とか、優しくないとか、そういうレベルの話ではありません。
自分の身を守る、正当な行為です。
退屈極まりない日常生活を大切に生きる
そういう不自然さを直観できるようになるために必要なことは、これまた当たり前すぎる話で恐縮ですが、日常の、自然な人間関係、人付き合いを大切にしていくことだと思います。
はっきり言ってしまえば、日常の自然な人間関係は、たいがいは同じ事の繰り返しですので、まぁ、たいしたドラマもなく、退屈なものです。
いっぽう、詐欺師による作為・操作的な人間関係は、ある意味あえてドラマをつくるわけですから、変化に富んでいて、おもしろいと言えば、おもしろい。
だから、そこに惹きつけられてしまうという気持ちも、たぶん、誰もがわかると言えば、わかると言えます。
でも、あえて、そこでドラマ溢れる詐欺師的人間関係を拒否できる人というは、やはりそんな退屈極まりない日常生活、日常の自然な人間関係に、その人ならではの楽しさ、豊かさを見い出している人が多い。
だから、ぼくたちが詐欺的被害にあわないための一番の処方箋は、いま目の前に広がる、この退屈極まりない日常生活、そこの自然な人間関係を、楽しく、おもしろく、そして大切に育んでいく、ということに尽きると思います。
では、レクチャーはこれくらいにしておきますね。
後半は、みなさんの具体的なケースをもちよって、対策を練っていきたいと思います。
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