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働くため、働き続けるために大切な、たった二つのこと。

  • kazenooka
  • 6 日前
  • 読了時間: 5分

主として精神にある方の就労支援に携わってから、かれこれ20年近くがたった。


前の仕事が専門学校の教員だったからか、いつでも教育的な視点で支援の現場を振り返ることがふつうになっている。このときの「教育的」というのは、べつに厳しい指導をする、ということではない。

いま就労で困っているみなさんと接しながら、もしかしたら学校教育(公教育)でこの辺のところをしっかりとフォローしてくれていれば、現在の苦悩を少しは軽減できたんじゃないかな、という視点をつねに持ち続けてきたということだ。


今回は、これまでの就労支援の経験を踏まえて、障害の有無に関わらず、働くために、また働き続けるために大切なことを、あえて二つに絞ってお伝えしようと思う。


もちろんこの二つのことが押さえられれば、将来的に仕事上の心配事がなくなりますよ、ということではない。

ただこの二つのことができるかどうかで、ずいぶんと仕事上の心配事が変わるかもしれませんよ、ということだとご了解いただきたい。



①算数がわかる


なにをかくそう、僕は算数(数学)が嫌いな子どもだった。

算数は積み上げていく勉強のため、最初の頃にわからなくなると、そのあとずっとわからないままになってしまうという、僕のようななまけものの人間にとってかなり恐怖な科目である。

ただ社会人になって、数字や計算に対する苦手感のない人のふるまいをみて、そこに自然な自信を感じ、とても憧れたのを覚えている。


就労支援に携わるようになってから、好奇心や学ぶことが好きな人は強いな、という印象を何度も受けた。

ぎゃくに、学ぶことが嫌いになっている人の話を聞いていくと、たいがいは子どものときから勉強が苦手で、特に算数(数学)がわからなくなったことが勉強嫌いになる出発点だったという人が、圧倒的に多い(僕にも心当たりが痛いほどある)。

ということは、算数がわかるようになれば、ずいぶんと学ぶことに対する姿勢が変わるということでもある。


ただどうも、学校での算数の点数がよかったから、算数がわかった、ということにもならないらしい。

ある利用者さんは、小学校のときの算数は「解き方」を丸暗記すればよかったのでできたけど、中学生になったとたんにわからなくなったという。


算数がわかるって、どういうことだろう?

いつしか、昔よく目を通していた遠山啓さんたちが始めた水道方式の本を読みながら、算数がわかるとはどんなことかをかんがえるようになっていた。


この問いかけが、二つめの要点の重要な要素となった。



②動く「手」を持っていること


少し前に、数学の天才少年についての動画を観て、あっと思ったことがある。

確か彼が円周率についての説明するときだったと思うが、話し出す前に、まず図形を描き始めたのである。

その後、兄弟にも数学の問題を出していて、その解答のときも、まず図を描いて、それから説明が始まった。


この、まず「手」が動く、というのが、二つ目のポイント。


これまで就労支援を通して、様々な会社で働かれている、多種多様な方々と出会えるという僥倖を得てきた。

そこでいつも気づかされたのが、仕事がスムーズな方のほとんどの人は、誰かの話を聴いているときや、何かを眺めているときでも、まず手が動いている、ということ。


「メモをとる」のが仕事の基本とはよく言われるが、それだけではなくて、それをどう理解すればいいのかということを、自分なりに簡単に図式化したり、矢印などを用いて簡単な関連図を作ったりしている。

「メモをとる」ことが重要とだけ伝えてしまうと、学校時代の「板書」の延長線で、誰かが書いたことや大切だと言ったことを丸写ししておしまい、というだけのメモになってしまう。

これだと、いざ自分がその作業をしようと思ったときに、ほとんど意味をなさない。


目の前で起こっていることや説明を受けたことを、どうすれば自分が理解しやすいようにできるのか?

ここで、自分でとったメモを図にできるかどうかが、その人の理解力の分岐点になる。

さきほどの利用者さんの、算数の解き方を「丸暗記」してもその後が大変だったという話を、ここで思い起こそう。

問題の解き方を丸暗記して、それでなんとか点数をとれたとしても、理解力が試される段階になってしまうと、それがほとんど役に立たないのである。


水道方式や、いくつかの算数の教材によると、数字や計算をいわば「頭」で覚えるのではなく、手でモノを数えたり、数えながら運動したり、図にして描いたりする、つまり数や計算を、身体を用いて理解することを薦めている。

身体を用いて数や計算を理解しないと、文章問題(応用問題)になったときに、どのような順番で考えを進めていけば答えにたどり着けるのか、途方に暮れてしまうのだという。


そして、そのような身体を用いる数や計算の理解の仕方は、持って生まれた特性ではなく、あくまでも教育によって、訓練によって育まれる。

ということは、学び方を工夫することによって、誰もが算数が「わかる」ようになれるということでもある。


子どものころ、“算数(数学)なんか勉強したって、将来の役に立たたない”とよく言っていた。

それは算数ができない自分への慰めとしては有効だったけれど、いま思えば「役に立つ」ということを、根本から誤解していたということになる。


ものごとを理解するには、まず「手」を動かすこと、その習慣を身につけるには、算数の勉強がとても有効であること。


いま仕事に悩んでいる人に、まずこのことを伝えたい。

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