『余白の時間~ガラスペン・ワークショップへの誘い』
- 3 日前
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風の丘で働く人々には、ひとつの「野望」がある。
それは自分たちで文房具を企画し、商品化すること。
風の丘で働いているみなさんは、たぶん健康な人よりも、生活のなかでたくさんつまずいている。
本当に、たいがいの人ならなんてことのなさそうな作業でさえ、ときには大きくつまずいてしまう。
例えば、定規を使ってもまっすぐに線をひくのが苦手。
例えば、ハサミやカッターで線通りに切るのもちょっと…。
例えば、机の上は書類の山…。
など、など。
そんなとき、いつも想う。
「こんな商品があったらな…」
チマタにぴったりの商品がなければ、自分たちで作ればいい。
自分の不器用さにひと一倍苦しんできた自分たちだからこそ、もしかしたら、いろんな人の役に立てる商品ができるかもしれない。
まずは、誰もが馴染みのある文房具からいこう。
こうして、文房具企画会議が始まった。
そんなある日の会議のこと。
“そもそも、私たちが好きな文房具って、どんな理由があるんだろう?”
誰かが、なんだか小難しいことを言い始めた。
使いやすいから?
壊れにくいから?
かわいいから?
いろいろな意見が飛び交う中、ふと、ひとりの女性がつぶやいた。
“それを使っていると、なんていうか、こころとからだが「整う」感じがするからかな?”
整う?
もうちょっと説明してよ、と説明を促す声。
“例えば…、ガラスペン。
私、ガラスペンが大好き。
家に戻った後、わずかな時間でもあれば、ガラスペンに、そのとき気に入ったインクをつけて、自分のこころのままに、文字や記し、絵を描く。
なにか必要だから、書くんじゃない。
ただ、書きたいから、書きたいままに、書く。
書くことに集中していると、気がついたらこころとからだが、自然と整っている感じになる。
だから、この瞬間が、私にとっては、とても至福な時間。
ガラスペンって、ふつうに生活をする上では、まず必要のないものだと思う。
書類を書くのなら、すらすらかけるボールペンのほうが圧倒的に便利だし。
じゃあ、どうしてガラスペン?
私たちの生活は、いつだって必要に迫られている。
もう起きなきゃ、仕事にいかなきゃ、あれをしなきゃ、これをしなきゃ…。
こうなふうにして、一日は始まり、終わっていく。
でも、ガラスペンを手に取り、インクをつけ、なにかを書いているときの、私は違う。
一文字、一文字、記していくと、ガラスペンは、他のペンにはないような、独特の感触を手に伝えてくる。
そう、それは、書かれたものと、インクと、ペン先と紙の摩擦が奏でる、絶妙のシンフォニー。
いま、私はこの瞬間を、疑いようのない、この私の時間を生きている。
煩わしい喧噪なんて、記憶の彼方へ。
ここは私とガラスペンと、文字と紙だけの世界。
ガラスペンは、一日の中に、まったく別の時間を私にもたらしてくれる。”
女性が語り終えると、会議には静寂が訪れた。
でも、嫌な静寂じゃない。
誰かが、先ほどの話を引き継ぐように話し始める。
“私たちがつくろうとしている文房具って、べつに新しい文房具をつくろうっていうことじゃなくて、もともとは、生活がもっとラクに、楽しくなるようにするためだよね”
“じゃあさ、自分たちで新しいガラスペンをつくろうっていうんじゃなく、ガラスペンをどんなふうに暮らしの中に取り入れたら、もっと豊かな一日になるよっていう、そういうことをみんなで体験できる場を提供すればいいんじゃないの。”
それまでのしかめっ面が消えて、やわらかい笑顔が交錯する会議となっていく。
毎日、目まぐるしく一日が終わってしまう…。
忙しくて、自分の時間が持てない…。
いま、自分が生きているんだっていう、そんな実感がもてない…。
そんなあなたの人生に、ぜひ「余白の時間」を。
ファシリテーターは社会福祉士、精神保健福祉士、栃木県障害者芸術支援員として活動しています(女性)。
新しい場所を訪れることに不安がある人も、安心してお越しくださいませ。
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